沿革
<略年表>
年(西暦) | 沿革 |
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明治 | |
2年(1869年) |
1月1日、「丸屋商社」を横浜に創業(事実上日本の株式会社第一号)
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3年(1870年) |
『袖珍薬説』を出版(丸善出版物の最初)
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9年(1876年) | 『新薬性功』を出版(主に明治5年刊行の合衆国局方を抄訳) |
10年(1877年) | ドイツ理学博士の講義の訳述『化学日記』を出版、翌11年に『物理日記』を出版。この頃から出版事業に力を注ぎ、自然科学に関する書籍を中心に各種の書籍を刊行。 |
15年(1882年) |
近代日本最初の詩集『新体詩抄』出版
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18年(1885年) |
日本初の雙解辞典となる『英和雙解辞典』を出版。翌19年にヘボン著『改正増補・和英英和語林集成 第三版』出版。早くから欧文書籍の出版を手掛ける。
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26年(1893年) |
商法の施行により社名を「丸善株式会社」と改称
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30年(1897年) |
日本初の企業PR誌『学の燈(まなびのともしび)』創刊。
※明治35年『学燈(がくとう)』、明治36年『学鐙』に名称変更。
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大正 | |
14年(1925年) | 『理科年表』発行(東京天文台編、丸善発売) |
昭和 | |
17年(1942年) | 設計図面資料集の定番『建築設計資料集成』第1集出版 |
25年(1950年) | 『化学工学便覧』出版。以降、数多くの便覧を出版。 |
27年(1952年) | 『建築設計資料集成3集』『化学便覧』が昭和27年度良書ベストテンに入選 |
29年(1954年) | 『いかにして問題をとくか』初版出版。以来ロングセラー商品として読み継がれている。 |
42年(1967年) | 化学実験書のスタンダード『実験化学講座』出版 |
44年(1969年) | 医科生理学の定番教科書『医科生理学展望』(現『ギャノング生理学』)出版。医学分野をはじめとする教科書の翻訳出版が増加してゆく。 |
60年(1985年) | 物理科学月刊誌『パリティ』創刊 |
平成 | |
3年(1991年) | 新書『丸善ライブラリー』シリーズ創刊 |
12年(2000年) | BBC(英国公共放送協会)の教育市場向けソフトの総代理店権を取得 |
18年(2006年) | 日本化学会編集書籍の検索・閲覧サイト『化学書資料館』を開設。20年に理科年表のweb版『理科年表プレミアム』発行。 |
19年(2007年) | 『生命倫理百科事典』出版。以降、大型事典を定期的に出版。 |
19年(2007年) | 「大日本印刷株式会社」と業務・資本提携開始 |
21年(2009年) | 『文化人類学事典』出版。人文・社会科学分野の書籍も広く手掛けてゆく。 |
22年(2010年) | 「丸善株式会社」と「株式会社図書館流通センター(TRC)」の経営統合により、共同持株会社「CHIグループ株式会社(現・丸善CHIホールディングス株式会社)」設立。 |
23年(2011年) | 「丸善株式会社」から分社独立し「CHIグループ株式会社(現・丸善CHIホールディングス株式会社)」の事業会社として「丸善出版株式会社」設立 |
25年(2013年) | 理科系新書シリーズ『サイエンス・パレット』創刊 |
29年(2017年) | 教育機関向け動画配信サービス『Educational Video Online』スタート |
1980年(昭和55年)に発刊された丸善百年史をPDFにて公開いたします。
明治2年に創業されて以来100余年の丸善の歩みを、ぜひご覧いただければ幸いです。
丸善百年史 発刊の辞
凡そ三百年におよぶ徳川幕政を崩潰に導く大業維新の余燼が、なお燻り続ける混沌た世相のなか、明治二年(1869)一月「丸善」は、うぶごえをあげたのでございます。福沢諭吉門下の早矢仕有的を中心に同志相集い、かねて福沢が思い続けていた、日本を近代化しよう、とする熱烈な思想を現実のものとするため、西欧先進国の科学、技術、文化を導入すぺく、洋書輸入を主体事業として、当時としては他に全く類例のない一種の株式会社組織に倣い、横浜に丸屋商社を創立したのがそもそもの起源ですが、軈て二十二年(1889)明治憲法が制定され、二十六年(1893)に商法が公布されるに至って、会社第一号に登録された事実に思い及ぶとき、聊か感慨に堪えぬものがございます。
爾来本業を推進するかたわら、日本近代化を志向する国士的構想と行動を以て、外国為替業務や生命保険事業を企業の内外で試行錯誤を続けながら、遂に現存する為替専門銀行や生命保険会社を発起設立して、その基盤を築いた先人の偉業は絶讃して余りあるものがございます。
斯くして大小、幾多の起伏を経てここに一世紀余の星霜を数えました。昭和二十六年九月、新社屋の第一期工事竣工を機に、創業以来八十年に亙る社史を発刊いたしましたが、次いで昭和四十四年(1969)百周年を迎えるに当り、これより先だつこと三年前の四十一年二月、先代社長司忠(第八代)によって百年史刊行の議が決せられました。
編纂に当っては、近代日本が西洋文明を摂取同化する歴史的大運動の中で、それとともに歩んだ一企業の社史を越えて、日本文化の近代化の軌跡を辿る側面史を意図し、当社の常連顧客の一人であり同時に司社長の旧知でもあった木村毅氏に編纂並びに執筆の労をお願いしたのであります。同氏は人も知る明治文化研究の第一人者でございます。
木村氏はよく私どもの意中をお汲み取り下さり、執筆分担を自ら植村清二、中西敬二郎、西田長壽の三氏に依嘱され、豊富な資料を渉猟し、上下二巻と資料編からなる彪大且つ精緻な百年史の完成を見ました。然し乍ら、未発見の資料を収集されるためには種為のご苦心と多くの時日を要し、刊行を待たずに昨秋木村氏が急逝されるという思わぬ不幸に接しましたことは、返す返すも残念でございます。
今茲に、社業の営みを通してみた文化史として、聊か自負し得る大冊の完成をみたことは、木村氏はじめめ長期に亙ってご協力下さいました三氏のご尽力によるものと万腔の敬意と感謝の念を表する次第であります。
「丸善百年史」の発刊に当り、私どもは先人が刻苦精励して築き上げた今日の繁栄と、全社員が等しく抱いて参りました事業の特殊性に伴う矜持を改めて謙虚に認識し、百年を一区切りとする本書が、更に将来百年の発展途上におけるよき道標たることを心から念願して発刊の辞と致します。
昭和五十五年九月
丸善株式会社 社長 飯泉新吾(当社九代社長/在任期間:昭和四十六年〜昭和五十七年)
丸善百年史 日本の近代化のあゆみと共に
上巻(目次) 第一編(植村 清二) 第二編(木村 毅) 下巻(目次) 第三編(中西敬二郎) 第四編(西田 長壽)
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