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人類の脳はどう進化したんですか?『化石が語るサルの進化・ヒトの誕生』より試し読み

本書のおすすめの項目を一部公開!

『知識ゼロからの京大講義 化石が語る サルの進化・ヒトの誕生』の魅力をほんの少しだけご紹介いたします。


『知識ゼロからの京大講義 化石が語る サルの進化・ヒトの誕生』

高井 正成・中務 真人 著 定価:2,420円(本体2,200円+税10%) 四六判・220ページ

※本書の一部を公開しております。PDF版はこちら

 

  

  

 

200万年前から脳の大型化が始まりました。

  

 



類人猿とヒトの脳

 ヒトの脳は他の動物に比べて大きいといわれますが、実際の値を知っているでしょうか?20世紀の初めにドイツで行われた研究によれば、男女合わせた脳の平均重量は1310g(標準偏差130g)ほどです。ただし脳の大きさは集団によっても、個人によっても変異が大きいので、参考程度に考えてください。この研究では、個人差は820~1925gまでありました。一方、チンパンジーは380g(標準偏差37g)で、310~510gの変異があります。ヒトはチンパンジーのざっと3.4倍ですね。

 
 しかし、化石では脳の重さを量ることはできません。そこで、脳を収めていた頭蓋腔(とうがいくう)の容積(頭蓋容量)を量ります。ヒトでは平均約1330㏄、チンパンジーでは400㏄です(次頁表3)。脳の比重は1.05g/㏄です。比重と脳の平均重量から計算したヒトの平均脳容積(1250㏄)と頭蓋容量とに違いがあります。これらの平均値は異なる資料から得たものなので、値が厳密に一致しなくても不思議ではないのですが、違いが大きいですね。実は、同一人物でも、脳の体積と頭蓋容量にはかなりの違いがあります。ヒトでは頭蓋容量を1.14で割った値が脳重量の近似値に用いられます。


 
表3 人類と類人猿の頭蓋容量の平均値(*[15]、†[16]、‡[17]より)


 
 現在では、頭蓋腔の容積をCTスキャナーで量ることができます(126頁参照)。しかし、そうした装置がなかった時代は、腔を小さな種子などで満たし、種子の体積をメスシリンダーに移し替えて測りました。しかし、化石頭蓋で頭蓋腔が無傷で残っていることは珍しいですし、腔に鉱物が詰まっていたりもしています。そのため、多くの場合は頭蓋骨の部分的計測値から推定します。
 

 


化石人類の頭蓋容量 

 表3には化石人類の頭蓋容量を現存する霊長類と比較して載せました。猿人(アルディピテクス、アウストラロピテクス)の値は、意外に小さいと思いませんか。少し用心しなければいけないのは、脳の大きさは体の大きさと関連して変動することです。例えば、ゾウの脳は4900g、シロナガスクジラは4700g、私たちの3倍以上です。ゾウの脳が大きいか小さいかを答えるのは少し悩ましいですが、体重が200t近いシロナガスクジラの脳が大きいとは思わないでしょう。

 

図6 鮮新世・更新世人類の頭蓋容量の変化。華奢型アウストラロピテクス、 頑丈型アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ハビリス以外のホモ属に 区別しました。脳進化初期の違いがわかりやすいように頭蓋容量の目盛り は対数軸で示しています。([18]のデータを元に作成。信頼性の低い値は 除いています)  



 この問題はどう解決できるでしょうか。チンパンジーとゴリラの頭蓋容量を比べてください。ゴリラの方が大きいですね。猿人の体の大きさはチンパンジー程度と考えられていますが、化石人類の中で体が大きかったホモ属でも平均体重がメスゴリラの値(85㎏)を超えたとは考えにくいので、用心深く480㏄程度を類人猿の参考値として比較すれば安全でしょう。

 

 猿人であるアウストラロピテクスは、300万年前まで、脳の大きさの変化が見られません(前頁図6)。頑丈型のアウストラロピテクスでは、若干大きくなっている傾向が見られますが、違いは些少です。一方、ホモ・ハビリスは、猿人と変異幅がほとんど重なりません。さらに、約200万年前に現れたホモ・エレクトゥスでは、脳の大型化がいっそう進んでいます。アフリカのエレクトゥス化石資料の年代は、アジアよりも古いため時代差が見られます(前頁表3)。数十万年前には、脳の大きさは、現生人類の値に達し、ホモ属であるネアンデルタール人は、私たちよりも大きな脳をもっていました。

 


脳の大型化はなぜ遅れた? 

 脳の進化に関しては、興味深い点が多くあります。600万年を超える人類の歴史のうち、半分以上の期間、脳の大きさは変化しませんでした。なぜでしょうか。原因の一つは生理学的なコストです。脳はたくさんのエネルギーを消費します。脳が生存に役に立つ器官だとしても、その消費エネルギーを補うすべが解決されなければ、大きな脳は適応度を下げます。

 

 ところで恒温動物(鳥類、哺乳類)を対象に、基礎代謝率(自発的な活動を一切行わない状態で一定時間に消費するエネルギー量)と体重の関係を調べると、一定の関係式(クレイバー式)に従うことが知られています。奇妙なことに、大きな脳をもつヒトもこの式にぴったり当てはまります。つまり、脳が多めに使うエネルギーは、他の器官が倹約することで帳尻を合わせているのです。ヒトでは、消化管のサイズが小さいことがわかっています。しかし、この説明にはおかしな点があります。消化管のサイズを減らせば吸収できる栄養量の上限が下がるわけですから、解決になりません。おかしいですね。

 

 しかし、食物の質を変え消化しやすくて体積あたりの栄養価が高い食物を利用するようになったとしたらどうでしょうか。これが肉食だと考えられています。肉食の証拠は、石器の使用痕が残された動物骨化石などから知られています。250万年前頃から、その証拠が増え始めますが、脳が大型化を始めたのはその後です。


 脳が大型化する進化を妨げたもう一つの原因は、出産の問題です。成人が大きな脳をもつならば、新生児の脳(頭部)も大きくなるはずです。ところが、直立二足歩行に適応した骨盤の形は出産には向いていないのです。人類はこれを意外な方法で解決しています。それについては、4章「お産が大変な哺乳類はやっぱりヒトですか?」で説明しています。

 

 

『知識ゼロからの京大講義 化石が語るサルの進化・ヒトの誕生』(165頁~169頁より)

続きや引用・参照文献等は本書をご覧ください。

 

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