カテゴリ別お知らせ

ポリアの生涯と『いかにして問題をとくか』の意義 〔國學院大學教授 高橋昌一郎〕

『いかにして問題をとくか』は、あらゆる場面の問題解決に応用できる不朽の名著で、この度読みやすく時代に即してリニューアルいたしました。

「日経サイエンス 2022年8月号」に掲載の國學院大學教授 高橋昌一郎先生による推薦文を公開させていただきます。 

 

いかにして問題をとくか

G.ポリア 著 柿内 賢信 訳 定価1,650円(本体1,500円+税10%) B6判・244頁

  

【推薦文】ポリアの生涯と『いかにして問題をとくか』の意義

 學院大學教授 高橋昌一郎〕

 

 ジョージ・ポリアは、1887年12月13日、ハンガリーのブダペストに生まれた。

 両親ともユダヤ人の家系で、父親は弁護士である。ポリアは、ギムナジウムでは、とくに生物学、地理学と文学で優秀な成績を収めた。数学者といえば、幼少期から数学的才能を示すことが多いが、彼の数学の成績はやっと及第できるレベルだった。その原因は「数学教師の無能さ」にあったと、ポリアは後に述べている。

 1905年、ブダペスト大学に進学したポリアは、最初は法律学、次に言語学を学び、ラテン語とハンガリー語の教員資格免許を取得した。さらに、当時公表されたばかりの相対性理論に興味を抱き、物理学を学んだ。最終的に専攻を決める際には、哲学を選ぼうとしたが、厳密な哲学を構築するためには数学が必要だと考え直して、数学科に進んだ。1912年、彼は「幾何学的確率論」によって博士号を取得した。

 数学者として生きる覚悟を決めたポリアは、意気揚々とドイツのゲッチンゲン大学に留学した。そこで彼は、フェリックス・クライン、ダフィット・ヒルベルトやエドモンド・ランダウといった一流数学者の講義に魅了された。同時に彼は、ほぼ同世代のヘルマン・ワイルやエーリッヒ・ヘッケのような研究者とも交流できた。ところが、1913年のクリスマス休暇の帰省列車で、些細な諍いからゲッチンゲン大学の学生だった枢密院議員の息子を殴ってしまい、訴えられたポリアは、このすばらしい環境から追放されてしまうのである。

 失意のどん底に陥った26歳のポリアの才能を高く評価し、彼をスイスのチューリッヒ連邦工科大学に招聘したのは、ヒルベルトやヘルマン・ミンコフスキーの指導教授として知られる54歳のアドルフ・フルヴィッツである。彼のおかげでポリアは1914年から1940年までスイスに落ち着いて研究を続け、「ポリア予想」「多変量ポリア分布」「ポリア列挙定理」など、数論から確率論や組合せ論やグラフ理論に至るまで、幅広い領域で業績を挙げた。

 

『いかにして問題をとくか』の誕生

 さて、ポリア教授は、1924年に天才フォン・ノイマンと出会っている。拙著『フォン・ノイマンの哲学』(講談社現代新書)には、ポリアが次のように語る場面が登場する。「彼は、私を怯えさせた唯一の学生でした。とにかく頭の回転が速かった。私は、チューリッヒで最上級の学生のためにセミナーを開いていましたが、彼は下級生なのに、その授業を受講していました。ある未解決の定理に達したとき、私が『この定理は、まだ証明されていない。これを証明するのは、かなり難しいだろう』と言いました。その5分後、フォン・ノイマンが手を挙げました。当てると、彼は黒板に行って、その定理の証明を書きました。その後、私は、フォン・ノイマンに恐怖を抱くようになりました!」

 1940年、ナチス・ドイツの迫害を逃れてアメリカのスタンフォード大学に移籍したポリアは、1985年に逝去するまで、数学ばかりでなく、哲学や教育学に関わる興味深い考察を発表し続けた。なかでも彼が1945年に上梓した『いかにして問題をとくか(How to Solve It)』は、世界17カ国で翻訳され100万冊以上が発行されたベストセラーであり、今も世界で輝き続ける古典的名著である。

 私は、ポリアがこの本を書いた動機は、ノイマンにあったのではないかと想像している。誰にも解けない問題を簡単に解くノイマンのような天才がいる。なぜノイマンには解けるのか、ポリアは20年考え続けた。そして、本書で史上初めて「数学の問題を解くとはどのようなことか」を解明したのである!

 ポリアが注目したのは、「ヒューリスティクス」あるいは「発見的手法」と呼ばれる概念である。演繹的な数学の背景に、実は帰納的なパターン化、アナロジーや逆方向推論などが潜んでいた。ポリアは、本書でそれらの概念を詳細に分析し、具体的に「いかにして問題をとくか」の4つのステップを明らかにする。機械学習や人工知能論、認知科学にも大きな影響を与える本書は、現代人の「論理的思考法」の基盤となる必読書といえる。

  

プロフィール:高橋昌一郎(たかはし しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。主要著書に『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。情報文化研究所所長、Japan Skeptics副会長。

  

*こちらは「日経サイエンス 2022年8月号」に掲載の推薦文です。

  

本記事に関するお問い合わせは、お問い合わせフォームよりお問い合わせください。

関連商品

▲ ページの先頭へ