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『表現論入門 群・代数・箙と圏の表現』訳者あとがき公開

表現論入門 群・代数・箙と圏の表』に収載されている西山 享先生による「訳者あとがき」からの抜粋を公開いたします。

表現論について学ぼうと思っている方や、より理解を深めたい方は、ぜひご参考にしてください。

 

 

訳者あとがき


 本書は表現論の統一的な教科書である.有限群の表現とか,リー環の表現,箙の表現や有限次元代数の表現といった,異なる代数系の表現論をそれぞれ別個に扱うのではなく,その根底に流れる表現論の考え方を紹介することを目標としている.

 原書が出版された時から気にはなっていたのだが,長いあいだ積読状態であった.読もうとは思っていたものの,重い腰はなかなか上がらない.そこへ翻訳の話が舞い込んで,渡りに船,勉強もできて一石二鳥という軽いノリで引き受けたが,結果的に翻訳を引き受けたのは僥倖であった.

 内容は(予想よりはるかに)しっかりしていて,話題をつまみ食いするのではなく大きな流れをもっており,翻訳しながら楽しめた.基礎的な部分でも目にすることのない題材が多く,演習問題の形ではあるが,こちらの予想しない話題も書いてある.とくにデーンによるヒルベルトの第3問題の否定的解決とデーン不変量の導入には,テンソル積の強力さと相まって感動にも似た感覚を覚えた.その他にもフロベニウス–シューアの指示子や群指標の零点,バーンサイドの定理など,きっと読者諸氏にも気に入ってもらえることと思う.

 原著者の工夫も行き届いていて,一見無関係に見えるような演習問題がうまく配置されており,順番に解いてゆくと自然に前の問題がヒントになり,本文の定理がよりよく理解できるようになる……といった具合である.ただし,問題にはタフなものもあるから,始めから全部を解こうとしない方がよい.解けない問題があるときは,その直前に書かれている定理や手法をじっくりと確認してからもう一度挑戦してみるのがよいだろう.それでも解けない問題はしばらく寝かせて醗酵するがままにしておくとよい.読み進むうちに以前の問題はより透明に,理解しやすくなってゆくと思う.

 そうはいうものの,もちろん,本書は表現論のすべての話題を網羅するものではない.たとえば,C代数やノルム環の表現論,作用素環論などには触れられていないし,解析的な話題,つまり,リー群の無限次元表現の理論,フーリエ解析・調和解析の話はない.表現論的な視点から眺めた幾何学,たとえば等質空間や対称空間などの微分幾何学や,代数幾何学におけるモジュライ理論,不変式論なども面白いのだが,残念ながら本書には入っていない.

 こと代数学だけに話を限ってみても,クラスター代数(団代数)を始め,ホップ代数,量子群やアフィンヘッケ環の理論,結晶基底,整数論と保型形式の話題,組合せ論の話題,W代数や,頂点作用素代数など,本書には登場しない発展的な話題も数多い.

 表現論の豊かさにはまったく目を瞠るものがある.それが訳し終えての肌で感じた感想である.

 数年前に,原著者のエティンゴフ氏によるMITでのD加群の講義に出席したことがある.ヴォーガン先生やルスティック先生のほか,学生も数多く,大変な人気だった.全部で10回足らずの講義の前半部分しか出席することはできなかったが,主要な理論に最短経路で切り込む名講義であった.そのスタイルは本書でも堅持されている.

 エティンゴフ氏とは顔見知りだったこともあり,今回の翻訳では,こちらからの気楽な問い合わせに真摯に答えていただいた.メールでの問い合わせの返事が,時差もあるはずなのに,ほとんど瞬時に返ってくるのは本当に有り難かった.自著の内容を思い出すのに時間もかかるはずなのに……と驚くと同時に,丁寧な対応に感謝を捧げたい.おかげで原書にあるいくつかの誤植も訂正できたし,難問と思われる演習問題にはヒントもつけることができた.これは翻訳書だけの特典である.

2023年5月訳者記す

 


 

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