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『BBC 摂食障害の実態と治療 神経性やせ症当事者との対話から知る』解説のご案内

摂食障害の病理や治療、日本とは異なる英国の医療制度などについて補足するため、本作の日本語字幕監修の西園マーハ文先生による解説を掲載しております。

本作を講義等で使用される前に必ずお読みいただき、ご活用ください。

 

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解説


 本作は、英国のジャーナリスト ルイ・セローが、ロンドンの摂食障害治療施設を訪問し、当事者と対話した記録である。摂食障害病理や治療、また、日本とは異なる英国の医療制度などについて知っておかなければわかりにくい部分があるので、若干の解説を加える。

 

1. 摂食障害について


 摂食障害は、神経性やせ症(拒食症)や神経性過食症(過食症)など、食行動の問題の総称である。さまざまな病型があり、それによって治療法も多様である。ここで取り上げられているのは、神経性やせ症という病型で、しかも低体重の程度が著しく、病気が長期化した女性たちである。神経性やせ症が必ず慢性化するということはなく、短期間で回復する人もいる。女性だけでなく、男性も発症する。本作は、多様な摂食障害を代表する多様な方々が語っているのではないので、このインタビューのみから摂食障害について一般化はできないことに注意するべきである。

 

2. 栄養補給の意味と方法


 神経性やせ症では、低体重など身体面の症状と、精神面の症状が現われる。軽症の場合は、食への不安の心理的背景に対するカウンセリングにより食事量が増えることもあり得る。しかし、ここで取り上げられているような低体重となると、心理面の改善を介する形での身体の改善は望めず、直接的に食事量を増やす指導を行う必要がある。外来治療の中で栄養を回復できる病状もあるが、重症の場合は入院治療が必要となる。日本では、入院後に体重増加の速度が遅い場合は、鼻腔チューブや中心静脈栄養など医療的処置が取られることが多い。しかし英国では基本的に、食事での栄養補給を目指すことが多い。多くの当事者にとって、一度に食べられる量は少ないため、間食を足して1日5~6食で必要な栄養をカバーすることが多い。食べることに抵抗がある時期は、本作で観察(supervision)と言われているように、食事に看護スタッフが同席したり、すぐ吐かないようトイレに鍵をかけたりという方法が取られる。刑務所のようだという声も上がっているが、厳しくすること自体が目的ではなく、医療的手段は使わず確実に、家に帰っても持続できる方法で栄養を改善するための方法である。

 

3. 医療制度の違い


 英国の医療は公営である。住民は居住地域の家庭医に登録し、専門治療が必要な場合は家庭医から専門病院に紹介がある。医療費をどのように使うかは政治の場やメディアで常に議論があり、英国国内では同じ疾患ならば原則同じような治療が行われる。NICEガイドラインという治療ガイドラインが多くの疾患に対して作成されており、医療者と一般の方が同じ資料を参照できる形となっている。公営医療のため、医療費が高額になる中心静脈栄養などの医療的処置はあまり行われない。入院治療そのものも高額なため、外来治療を充実させ、日中はデイケアに通うという方式も普及している。

 本作では、どう食事をとり、どう病気と向き合うかという部分だけが撮影されているが、デイケアや入院治療では、より心理的なグループワークも行われることが多く、対人関係など、より心理的な問題にも取り組んでいる。

 英国の医療制度はこのようなものであり、今回の対象は、その病院が有名だから受診したというものではなく、ほとんどは地元の病院から紹介された形だと思われる。本人のことを良く知る家庭医が地元にいるため、症状が悪化したり専門病院の通院を中断した際も、専門病院受診を再度勧めるセーフティネットとして機能している。

 英国では、医師、看護師、心理職、精神科ソーシャルワーカー、作業療法士など多職種が治療をしている。本作の映像中にデイケアから食物の買物に行くという場面もあるが、日本ではこのような生活場面の支援が少ない。英国では看護師や作業療法士が買物場面の練習に付き添うなどの試みはしばしば行われている。入院治療について見てみると、栄養を改善するという入院目標は日本でも同じだが、本作のように、英国では、関与する職種が定期的に全員集合して経過を振り返り、そのミーティングに本人も参加できる。退院の際などにこの方法は非常に役に立つ。

 任意入院で入院した後、本人からの退院希望があったらどのように対応するかは医療制度によって異なる。日本では、精神科に入院していれば、医療保護入院が適切かどうかはその病院の精神保健指定医が判断することになる。英国では、他の施設の専門家の意見を聞いて審議することが示されている。

 

4. 精神病理、心理の特徴について


 摂食障害の治療では、近年、摂食障害という病気を「外在化」することが重要だと言われている。「太りたくない」「食べちゃダメ」などの心理は摂食障害の症状なのだが、当事者は、この症状に違和感がなく、「太りたくない」は自分の考えだと思っている。摂食障害について学ぶことにより、摂食障害という病気があるためにこのように思ってしまうということが理解できるようになる。患者教育用の教材では、お化けのような「摂食障害」が背中にとりついて、「食べちゃダメ」と言っているような絵も用いられる。英国では、このように、病気である「摂食障害」が言っているようなセリフを「拒食症の声」と定義して、当事者がどのように影響を受けているか話し合うということもなされる。本作の終盤でロージーの父が「まだ声が聴こえている」というのはそのような意味で、統合失調症の幻聴とは違うことに注意する。

 本作で、ジャーナリストとの関係が深まるにつれて、発症時には、ユダヤ人としての女性の生き方に葛藤があったこと(ジャネット)、見合い結婚を無理に勧められたことの葛藤(イフサナ)などの心理的背景も少し語られている。これらの課題は治療の中ではテーマになっていると思うが、今回は神経性やせ症に初めて接するジャーナリストが「不思議だ」「わからない」と思うテーマを中心に語られているので、「食べると負け」と思うような「病気の声」、自分には食べる価値がないと思うような自己卑下、過活動や過剰な運動など「理解しがたい」部分が大きく取り上げられている。治療者として接する場合は、これら「病気」の部分を外在化し、本人の中の「こんなに病気に振り回されなくて良いのに振り回されてしまってつらい」と思う部分と治療関係を作っていくのが重要だということも知っておきたい。

 

参考文献

西園マーハ編著,“摂食障害の治療(専門医のための精神科臨床リュミエール第Ⅲ期28巻)”,中山書店(2010).
(摂食障害の病理と治療について解説。英国の回復者カウンセラーの声も掲載)

西園マーハ文,“摂食障害治療最前線 NICEガイドラインを実践に活かす”, 中山書店(2013).
(英国の医療制度の中での摂食障害治療と日本での応用について解説)

西園マーハ文,“対人援助職のための精神医学講座;グループディスカッションで学ぶ”,誠信書房(2020).
(「摂食障害」の章で、外在化の概念について解説)

西園マーハ文,“摂食障害の精神医学”,日本評論社(2022).
(摂食障害の病理と治療について解説)

 

 

 


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