内容紹介
生命倫理学は、およそ半世紀にわたって遺伝学・遺伝医療の倫理問題に取り組んできたが、いま大きなテーマ移動が起こっている。これまでは主に単一遺伝病の診断やその治療、その遺伝学的検査情報の取り扱い、それに基づく差別の問題などが倫理的・法的・社会的問題の中心だった。その後のゲノム医科学はcommon diseaseと言われる、誰もがかかりうる病気(多因子性疾患)と遺伝子との関わりの解明に向かってきた。臨床遺伝医学がすべての人にとって身近な医療となる時代が来ようとしている。 分子医科学のかかる大きな転換点に刊行される本巻は、これまで議論の中心であったテーマを最新の情況をふまえて総括するとともに、ここ数年急速に問題として浮上してきた新しいテーマをも組み込んでいる。
目次
第1章 遺伝医療と社会――パーソナルゲノムがもたらす新たな課題
1 個別化利用と遺伝学的検査情報の扱い方の変化
2 パーソナルゲノム医療の倫理問題
3 DTC遺伝学的検査
4 医療の個別化は個性化か?
5 ゲノムによってなにがわかるのか
第2章 分子生物医科学時代の人間像
1 自然界におけるヒトの由来
2 ヒトの自己犠牲的利他行動
3 「利己的な遺伝子」と遺伝子観の変容
4 「ミーム」に見る生物界におけるヒトの位置
5 ヒトの脳の特異性――言語遺伝子とミラーニューロンの発見
第3章 遺伝と環境
1 遺伝と環境の対立?
2 歴史的経緯――遺伝と環境という概念
3 歴史的経緯その2――ゴルトンと知能検査
4 対立の繰り返し――ベル・カーブ論争
5 対立を超えて
第4章 遺伝医療・遺伝相談
1 遺伝治療
2 遺伝学的検査
3 遺伝相談
4 次世代シーケンサーの登場と遺伝医療
第5章 遺伝子治療
1 遺伝子治療の歴史
2 遺伝子導入技術
3 遺伝子を用いた難病治療の現状
4 遺伝子治療を揺るがした重大な有害事象
5 遺伝子治療臨床研究に関する指針について
6 将来の遺伝子治療とそれに伴う倫理
第6章 遺伝子操作
1 異なる2つのデザイナー・ベビー
2 エンハンスメント
第7章 優生学
1 分子遺伝学の発展と優生学への関心
2 科学技術批判運動と優生学史の否定的再発見
3 優生学史研究の転換と優生学史の肯定的再発見
第8章 遺伝子差別
1 定義
2 歴史
3 雇用における遺伝子差別
4 保険における遺伝子差別
第9章 オーダーメイド医療とファーマコゲノミクス
1 個人によって違う遺伝情報とは――遺伝子多型
2 ファーマコゲノミクス(PGx)とは――薬物治療の個別適正化(オーダーメイド治療)に向けて
3 PGxの現状
4 オーダーメイド治療における遺伝情報の特徴
5 PGx情報を診療へ活用するための課題はどこにあるか
6 PGx遺伝情報に対する日本での現状
7 病気のなりやすさ(疾患易罹患性)に関する研究結果――日本からの発信
8 オーダーメイド医療実現に向けて――医療機関で起きている課題を解決するには
第10章 バイオバンク
1 バイオバンクについての関わり
2 バイオバンクの隆盛――UK Biobankを実例として
3 バイオバンクの定義
4 ヒト由来試料等の位置づけ
5 バイオバンクについての規制
6 難病研究資源バンク
7 それぞれに国がバイオバンクを持つ意味
8 個人の診療情報の追跡収集という課題
9 人体に由来する試料と情報の利用に関して
第11章 DNA鑑定・遺伝子ビジネス――消費者に直接販売される遺伝学的検査の諸問題
1 DTC遺伝学的検査の問題とは何か
2 DTC遺伝学的検査の現状
3 DTC遺伝学的検査に関するこれまでの動向
4 何が問題とされてきて,どのような対応がなされてきたのか?
5 最後に――「消費者の権利」を見直す必要性について