カテゴリ別お知らせ

學鐙2022年夏号書評『コトラーのマーケティング入門〔原書14版〕』(外川 拓)

 


『コトラーのマーケティング入門〔原書14版〕』

P・コトラー、G・アームストロング、M・O・オプレスニク 著
恩藏 直人 監訳、バベルプレス(株) 翻訳協力

A5・832頁 定価:8,580円(税込) 丸善出版 発行

 

 


 

 どのような分野にも、初学者がまずは手にすべきスタンダードな教科書があるだろう。本書は、まさにマーケティング分野のそれである。書店に並ぶ無数のマーケティング解説書を前に、何から読み始めようか決めかねている人がいたならば、迷わず本書を勧めたい。
 
 本書の原著は、フィリップ・コトラー教授をはじめ、三名の高名な研究者が著した"Marketing:AnIntroduction,14thEdition"である。すでに14の版を重ねていることからも、いかに多くの読者から長年にわたり支持されてきたかをうかがい知ることができる。
 
 
本書は、4部16章によって構成されている。「第Ⅰ部 マーケティングの定義とマーケティング・プロセス」において、マーケティングの定義や企業戦略における位置づけが示され、「第Ⅱ部 市場と顧客価値の理解」で、対象顧客や市場の捉え方が解説される。「第Ⅲ部 顧客価値主導型マーケティング戦略とマーケティング・ミックスの設計」で製品、価格、流通、コミュニケーションなどの戦略要素について詳述されたあと、「第Ⅳ部 マーケティングの拡張」において、グローバリゼーションやサステナビリティなどの今日的なテーマが議論されている。
 
 
本書を読み、多くの気づきが得られたが、なかでも印象に残った特徴を三点挙げたい。
 
 
一つ目は、体系性である。マーケティングにおいて理解すべき用語、概念、枠組みが、全体を通じて余すことなく解説されている。また、いずれの章においても、冒頭で全体像を示したうえで、個別の事項を深掘りしていく、という順序で議論が展開されている。そのため、読者はマーケティングという大きな体系の中で、いま自身が学んでいる事柄がどこに位置付けられ、何と関係するのかということを意識しながら読み進められる。
 
 
二つ目は、現実性である。「エンゲージメント」や「ポジショニング」など、マーケティングには多くの抽象的概念が登場し、初学者がつまずく原因になりうる。しかし、本書において、そのような心配は無用であろう。本文にはイケア、スターバックスなど、我々にとってリアリティのある具体的な事例が随所に紹介されている。各章の冒頭と末尾にも、事例がコラム形式で紹介されており、読者の円滑な理解を促してくれる。
 
 
三つ目は、先進性である。豊富な事例があったとしても、鮮度が落ちていては、臨場感が失われてしまう。Airbnb、テスラ、ウーバーなど、本書を開くと、昨今話題となっている企業が頻繁に取り上げられており、生きた事例を知ることができる。
 
 
新しい視点が盛り込まれているのは、事例だけではない。近年押し寄せているデジタル化の波は、マーケティングにおいても、新たな戦略やツールの登場をもたらした。数年前の教科書では見られなかった用語や、旧来の枠組みでは説明できない現象も出てきている。こうした変化を忠実に反映している点も、本書の大きな特徴である。例えば、第3章と第4章では、マーケティング環境や顧客情報の分析におけるビッグデータ、および人工知能の役割が述べられている。また、ソーシャルメディアやモバイルを活用したマーケティングについても、第14章の大半を割いて解説されている。
 
 
そのほか、紙幅の都合で挙げきれない特徴はあるが、本書の魅力は十分に伝わったのではなかろうか。さらに追加するならば、本書は、我が国におけるマーケティング研究の第一人者、恩藏直人教授による監訳のもと、邦訳されたものである。その結果、和文としての読みやすさと学術的な厳密さという、背反しかねない二つの長所が見事に両立している。

 書名に「入門」とあるとおり、本書が第一に想定している読者層は、これから大学でマーケティングを学ぶ学生、組織でマーケティング業務に携わる実務家などであろう。もちろん、こうした初学者にとって最適な書であることは言うまでもない。一方で、研究者や豊富な経験を有する実務家にとっても、本書は有用と思われる。例えば、第1章から通読するだけでなく、机上に常備し、必要なときに事典や指南書として用いることもできるだろう。

 実際、大学でマーケティングを教える評者自身も、本書を手にして、全体的な体系や近年の潮流を知る喜びを感じながらページをめくった。研究のヒントになった記述や講義で扱いたいと思った事項は、枚挙に暇がない。本書は、学生、実務家、研究者など、マーケティングに関わるすべての人にとって、必携の書といえよう。

 

外川 拓(とがわ・たく)

上智大学准教授
 

 


 

 

本記事に関するお問い合わせは、またはお問い合わせフォームよりお知らせください。

 

関連商品

▲ ページの先頭へ