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學鐙2021年冬号掲載 書評『地球科学者と巡るジオパーク日本列島』(斎藤 良太)

 

 

『地球科学者と巡るジオパーク日本列島』

神沼 克伊 著

A5判・256頁 定価3,080円(税込) 丸善出版 発行

 

 


   

 私はNHK番組「ブラタモリ」を欠かさず観ている。「街歩きの達人」タモリさんが、文字通り〝ブラブラ〟歩く中でふと気付いた、地形や地質の違いや特徴に注目し、その土地の歴史と成り立ちを掘り下げていく。その過程で、軽妙な語り口から繰り出される玄人はだしの蘊蓄が分かりやすく、知らず知らずのうちに地理学・地質学の世界に誘ってくれる。

 娯楽番組と比較するのは失礼千万かもしれないが、本書に「ブラタモリ」に通じる面白さを感じた。

 著者は、日本で地震予知研究が本格的に始まった一九六六年に東京大学地震研究所に入所。地震や火山噴火の予知の研究に携わった後、七四年から国立極地研に移った。第八次南極観測隊を皮切りに、二度の越冬を含め過去一五回南極に赴くなど長年にわたり南極の地震や火山の研究に取り組み、その功績から「カミヌマ」の名を冠した地名が南極に二カ所ある。

 南極や地震についてジュニアも含めた一般向けに分かりやすく解説する著書も多く、傘寿を過ぎても執筆意欲は旺盛だ。二〇二〇年には日本地震学の歴史を総括し現在の課題を厳しく指摘した『あしたの地震学』と、南極研究のあゆみを自身の経験を踏まえ解説した『あしたの南極学』、二一年には『あしたの火山学』(いずれも青土社)を相次いで上梓している。

 ジオパークは、地球上に残る地形や地質など地球科学的なさまざまな現象の価値を認め、教育や観光に活用しながら人類の遺産として後世に残すことを目的に始まった、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の国際的な文化プログラムだ。国内ではユネスコや「日本ジオパーク委員会」が四四地域を認定している。本書は、日本列島全体が、世界的に見ても地形や地質の多様性に富んでいるだけでなく、そうした多様な自然を背景にした文化的活動や大地の営みが豊かなジオパークであると捉え、地球の中の日本という観点から解説している。

 地球の中での日本列島の位置づけと成り立ちを俯瞰してみせた上で、火山、山岳地帯、湖水、河川、海岸線と順番で紹介していく。地球科学の入門書らしいオーソドックスな構成だが、一般の人には耳慣れない専門用語をそのまま使わずかみ砕いて説明されており、中学理科の知識があれば容易に読み進める。プレートテクトニクスなど地球科学の原理原則はきちんと踏まえつつ、「ブラタモリ」と同様、その土地の景観の特徴や文化歴史を入口に、現在の地形ができた理由を解き明かしていくスタイルを取っていることも功を奏しているのではないか。

  例えば第3章「火山」は、富士山の噴火活動の変遷を、奈良時代に山部赤人が詠んだ歌に始まり、平安時代の「更級日記」、鎌倉時代の「十六夜日記」など各時代の書物にある描写を紹介しながら解説した。第6章「河川の造る地形」では四万十川の特徴について、自身が訪れた際の情景に、高知県出身の演歌歌手・三山のぼるの「四万十川」の歌詞に重ねて叙情的に描写した。全体を通して、自身のものに加え研究仲間などから提供を受けたという数々の美しい風景写真を多用しており、理論ではなく読み手の感性を刺激させることで、大地の神秘の魅力に引き込んでいく趣向になっている。

 最近はスマートフォンやタブレットがあれば、誰でも手軽に精緻な地図や衛星写真をその場で検索して見ることができる。著者はそれらの利便性を認めつつ、地形の全体像を見るには不便だとして、国内外を旅行する際には簡単な地図帳を持参するようにしているという。「地図を持参する利点は、必要に応じていつでも自分の位置を確認することができる点です。私は何となく『今自分は地球上のどこにいるのか』ということが気になるのです」。こうした著者の〝地球を、日本列島を俯瞰的に見たい〟という姿勢が本書の、読みやすさ、わかりやすさにもつながっているのだろう。

 著者は「本書を読んでくださった方が、その知識を持って日本列島を旅してくださるとしたら、それは私の望外の喜びです」としている。確かに、この本を片手に日本各地を歩き回れば、タモリさんの着眼点に頼らなくても、専門家が登場しなくても、「ブラタモリ」のような旅を楽しめるのではないか。私もコロナ禍が終息したら、本書を旅の友にして日本各地を探索したい。

 

斎藤良太(さいとう・りょうた)

毎日新聞津支局長・前東京科学環境部デスク
 

 


 

 

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