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學鐙2021年秋号掲載 書評『人類が滅ぼした動物の図鑑』(土居 利光)

 

『人類が滅ぼした動物の図鑑』

R.Malý 著  J.Grbavčič and P.Dvorský イラスト 

的場知之 訳  長谷川政美 監修

A4判・96頁  定価5,280円(税込) 丸善出版 発行

 

 


   

 〝エピオルニスが上野動物園〟にいる。 この言葉には、?が二つ付く。エピオルニス? もし、それが分かったとしても、上野動物園? という疑問符である。

 このカタカナの単語は、マダガスカル島に生息していたが絶滅してしまった鳥の呼称である。上野動物園に、マダガスカルに生息するアイアイやフオッサなどを展示する「アイアイの森」が完成した時に、その等身大の像が施設近くに設置された。〝こうした動物もいたんだよ〟という意味、そして動物の絶滅に対する警鐘を兼ねている。

 上野動物園は、施設の改修が進んで様相も大きく変貌している。そうしたなかで、〝前はどんな場所だったか?〟と考えると、なかなか思い浮かばない。人は過ぎ去ったものは、特別な印象などがない限り、記憶から消してしまうらしい。だから、人は絶滅してしまった動物などを思い出すこともないから、考えようともしない。

 人は時間を測りながら暮らしているが、その時間は、生物的な時間とも言える。つまり、この時間は、生活などが理解できるとともに、出生率とか死亡率とか、増加率とかが分かるような単位である。動物に関心を持ったとしても、この時間で捉えようとするから、絶滅というような、長めの時間には冷淡にならざるを得ない。

 動物園のエピオルニス像に興味を持てば、本書の解説を読むことも可能だろう。残念なことに、絶滅したこと以外に分かることは多くない。また、調べようとしても、普通の図鑑にも載っていないのだから、調べようもない。失われたモノ、眼にしないモノ、つまり実感しないモノに対しては、人は冷たいのである。

 しかし、忘れ去られた過去とは何だったのかという知的好奇心が頭をもたげた時、本書は極めて役に立つ。

  さらに、今の動物を知ることにも有効性を発揮する。上野動物園にはガラパゴスゾウガメが二頭飼育されているが、その近縁種が本書に登場している。同じく、アトラスヒグマ(ヒグマ)、ターバン(モウコノウマ)、ニホンオオカミ(タイリクオオカミ)等々、日本の動物園で観察ができる動物たちの仲間が絶滅したことを教えてくれる。

  人気のジャイアントパンダは、掲載されない幸せ者である。しかし、食糧であるタケが一斉に開花・枯死して急速に生息数を減少させたことがある。ジャイアントパンダは進化の過程でタケを食べるようなり、タケが不可欠となった。だからタケが生育している場所がなければ、生き残ることはできない。

  食糧を得ることは、動物にとっては死活問題である。これは生息場所の確保とも言えるだろう。本書に登場した動物たちは、その多くの生息地が、島あるいは限定した地域に限られていたのが分かる。生き物にとっては自分たちの環境の選択と確保が最も重要である。生き物は、環境に適応して特殊な形態や生活様式などを獲得して進化してきた。また非常に長い時間のうちに、生き物たちは生育生息する環境を分け合う形で共存をするようになった。

  一方、動物のなかでも人は、自分たちの住む場所においても極めて狭い許容範囲に、つまり常に手を加えていなければならない造られた環境に身を置いている。現在、私たちは電気や機械などの人工的な環境なしには安心して暮らすことはできない。そして、その人工的な環境は自然を破壊せずにはおかない。動物たちを絶滅に追いやっている原因は、皮肉なことに人が生き物として持っているこうした生息環境への欲望によるのだと思う。

  人が新たな場所に入って傍若無人な活動をしてきたことも、本書で語られている。今起きている生き物たちの絶滅には、人の影響があることは間違いないだろう。なぜならば、限られた空間である地球において、人はその生息数、その数を維持するための食料、さらにそれらを維持するためのエネルギー消費を拡大させることに集中している節があるからである。絶滅し続けている生き物は、未制御で進んできた人の社会活動の犠牲者と言える。

  こうした活動をもたらす人の脳の働きは、自然淘汰の結果にほかならないが、人が生き物であるためには、その存在の同一性が不可欠だ。だから全ての生き物の同一性、つまり存続も守る必要がある。絶滅した動物を取上げる本が少ない中で、この本は、見る人に実感をもたらすイラストとともに、生き物が生きる意味を考えるきっかけを与え、人が生き物の生について考え続けなくてはならない存在であることを教えてくれる。あとは読者の行動なのだ。

 

土居 利光(どい・としみつ)

恩賜上野動物園第十四代園長
 

 


 

 

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