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【丸善創業150周年】出版物で辿る丸善の歴史 ~戦後直後編~

今年は丸善の創業から150年を迎えます。

この節目の年に丸善の出版物を全12回の連載で振り返ります。

それぞれの時代を象った、丸善グループの写真や画像をご覧ください。

 

丸善出版 創業150周年記念プロジェクトチーム

 

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戦後直後 昭和20年~昭和24年(1945年~1949年)


 

太平洋戦争により、丸善の社屋も、その系列工場、倉庫、営業所などと共に、ほとんど灰燼に帰しました。その被害の状況は以下の通りです。

 

本社並都内各附属機関日開一覧表

名称 所在地 年月日 被害
第一・第三別館 日本橋区江戸橋二ノ九 昭二十年三月十日 全焼
第二別館 日本橋区通二ノ六ノ六 昭二十年三月十日 全焼
昭和別館 日本橋区江戸橋三ノ二 昭二十年三月十日 全焼
文具倉庫 日本橋区通三ノ二 昭二十年三月十日 全焼
文具別館 日本橋区江戸橋三ノ二 昭二十年三月十日 全焼
角倉庫 日本橋区江戸橋三ノ三 昭二十年三月十日 全焼
日暮里工場 荒川区日暮里三ノ七七七 昭二十年四月十三日 (原料倉庫焼残る)
本館 日本橋区通二ノ六ノ二 昭二十年五月二四日 三月十日の空襲で焼け残ったが強制疎開により建物解体
早稲田出張所 牛込区早稲田鶴巻四四〇 昭二十年五月二四日 全焼
荏原工場 荏原区平塚六ノ一〇〇四 昭二十年五月二四日 全焼

 

支店・出張所等被害一覧表

名称 所在地 年月日 被害
大阪支店 大阪市東区博労町四丁目 昭二十年三月十四日 全焼
名古屋支店 名古屋市栄町三ノ五 昭二十年三月十九日 一部焼失
横浜支店 横浜市中区弁天通二ノ三四 昭二十年五月二九日 全焼
神戸支店 神戸市神戸区元町通一ノ六三 昭二十年六月五日 全焼
福岡支店 福岡市上西町一八 昭二十年六月十九日 全焼
仙台支店 仙台市国分町一六八 昭二十年七月九日 全焼
長崎出張所 長崎市鍛治町乙四一 昭二十年八月九日 一部被害
京城支店 京城府本町二丁目 終戦直後 管理権委任
新京出張所 新京特別市梅ケ枝町一ノ一二 終戦直後 接収
奉天工場 奉天市大和区八幡町一 終戦直後 接収

 

 

 

 


木造二階建て日本橋本店(昭和2212月竣工)

空襲で全焼した日本橋通りの本店建物は、昭和22(1947)年2月から新築工事に着手し、昭和22年7月12日上棟式を挙げた。終戦後日も浅く、建築資材調達の困難、資材の輸送難は想像を超え、そのうえ廃頬気分が横溢している当時の一般情勢を反映して、作業は思うように進まなかった。しかしようやく同年11月4日、屋内作業がほぼ完了したので、作業を継続しながら未完成のまま、翌11月5日から営業を開始した。

この建物は木造二階建て延面積1365.63 ㎡(413.1 坪)、1 階には洋品・文具・和洋書のほか眼鏡・時計・電気器具・薬品・印章・洋画材料の売場、2 階には古書の売場及び事務室のほか、画廊を設けた。

 

    


欧米図書雑誌展覧会(昭和233月)

洋書輸入再開に向けてさまざまな努力をしている中、昭和23(1948)年3月に、図書・雑誌類のうち見本・贈呈品に限り、外国からの郵送が許可された。

当社は従来から関係のあった書店や取次店に、戦中・戦後にわたる出版書で好評を得ている書物、注目すべき書物、各種雑誌類の見本送付を依頼した。この要請に応じて送付された図書約600点、雑誌類約300点を展示して、顧客に海外出版物の状況を報ずることとした。しかし、業務上の取引が許されていない時であったため、その案内状には「尚従来はこの展覧会において購読御予約を御引受して居りましたが、前述の如く未だその時期に達して居りません。よろしく御諒察を願い上げます」と、注文辞退を予告せざるを得なかった。

 

  


1回英国書展覧会(昭和2441日~46日)

当時、洋書輸入促進運動は主として米国に対して行っていたが、他の諸国からの輸入も必要であると考え、海外出版物輸入協会の理事全員で英国大使館に英国書輸入の斡旋を頼み、請願書を出しておいたところ、昭和23(1948)年11月25日に請願を了承された。

焼け残りの紙で外注カードを作り、各支店より希望書を書き送らせ、本店においても古いリストから適当と考えるものを書き上げて、申請書を出した。昭和24(1949)年4月1 日から4月6日まで、本店において、戦後最初の「英国書展覧会」を開催した。

 

  


欧米図書雑誌展覧会(昭和24年4月13日~4月19日)

欧米図書雑誌展覧会の、名古屋支店での開催の様子。

   

 

 

 

戦後直後の丸善の出版物


敗戦によって国土は灰燼に帰し食料難、物資不足、インフレが襲い、GHQの占領下で戦前・戦中の体制が解体される中、出版業界は混乱をきわめた。用紙調達は一層厳しく、印刷所もその多くが被災し、さらにGHQの言論統制により出版活動はきわめて困難な状況にあった。しかし、戦前と違うのは「希望」という2字であったのではないだろうか。

 

戦後直後の小社出版の特徴は以下の通り。

  1. 昭和20年に1点、21年に8点の新刊を刊行したが、いずれも戦中に組版が済んでいたものであり、戦中に配給により用紙を確保していたものもあった。
  2. 印刷所の多くが被災して組版が困難なため、戦前・戦中に刊行した既刊書の重版が主であった。
  3. ひどいインフレのため価格を据え置くことができず、毎年重版して定価をアップせざるを得なかった。
  4. 戦前・戦中に抑えられていた知的欲求が堰を切ったように溢れ出て、極言すれば「出せば何でも売れる」状況であった。昭和20年11月に発行した『無機化学全書』というばりばりの専門書でさえ発売当日、本社売店でたちまち売切れとなった。

 

 

 

今月の書影の背景は、戦後4年間だけ使用された包装紙です。

当時は紙が貴重だったため、この包装紙を短冊に切り、本に挟んで包装の代わりとしていました。

 

  


定量分析實習指針

一人前の分析技術者となるための知識と技術を記した書。

昭和16年(1941)2月発行 291ページ

西田傳五郎 著

戦時中に刊行されたが、戦後は新刊発行が困難で重版が中心にならざるを得なかった。本書は昭和2011月に第三刷1,000部を重版、翌2110月に第四刷5,000部を増刷して、その後毎年重版を重ねた。『丸善百年史』には1,000部と5,000部の違いは当時の用紙調達の都合によると記されている。

本書「序言」に熟練なる化学分析技術員は製造工場に於て原料,材料,半製品及製品の分析,操業の調整,作業の改善,実収率の向上等に必須なる人的要素”  とあり、当時の技術者がきわめて広い領域をカバーしていたことが窺える。とくに操業の調整や作業の改善まで分析化学技術者が担っていたことは今では想像もできないが、化学だけでなく他の分野の技術者もゼネラリスト的であったことが推測される。

「序言」はよき分析技術者を一人でも多く持つ事が本邦の現下の状勢に於て急務なる事を痛感せるに外ならぬのであると結ばれている。本の顔ともいえる序文の戦前・戦中の結語がおしなべてこういう調子であることは、国民総動員体制の下に遂行された戦争であったことを改めて教えてくれる。

   

 

『築設計資料集成1』

現代につづく建築書ベストセラーのはじまり

昭和17年(1942)5月発行 353ページ

日本建築学会 編

本書は戦時中の刊行であるが、戦時中に被災した印刷所が多く戦後直後は新刊発行のハードルが高かったため、出版社は重版中心に刊行せざるを得なかった。その重版も紙型が焼け残ったものを優先するほかはなく、本書もそのうちの一つであった。重版とはいえ、戦時中の初版に載っていた防空壕や遮蔽幕などの戦時施設を自主的に削除(GHQの指示ではなく)して重版した。

本書は昭和21年に5,000部重版したが、日本建築学会会員の申込みで5,000部に達してしまったため、同年10,000部さらに翌年2,000部重版した。

本書は日本建築学会会誌「建築雑誌」に掲載された図を元に加筆し全3集に集大成されたもので、2集は昭和26年、3集は27年に上梓された。

   

 

『無機化学全書 Ⅲ ハロゲン』

各元素の物理的・化学的性質、分析法、製法、用途、

主要な文献などをまとめた書。

昭和20年(1945)11月発行 398ページ

柴田雄次 監修

昭和20年の新刊は本書だけ。定価25円,初版5,000部。昭和21年5月重版、定価55円。

昭和20年の銀行の初任給80円、21年220円、22年500円(第一勧銀調べ)と、すさまじいインフレのため重版して定価を上げざるを得なかった。定価25円を現在の価格に直すとおおよそ6万円。高額でしかもばりばりの無機化学の専門書が1年足らずで5,000部も売れてしまうという背景には、知的な飢餓状態だけでなく、価格の高騰を見込んで転売して利益を売る思惑もあった。

本書序文の日付が昭和20年4月であることから本書組版は戦時中であったことがわかる。印刷および用紙の手配の関係で敗戦間際と敗戦直後には出版できなかったものと推定される。序文に “(さき)世界戦争勃発と共に欧米文献の輸入は全く途絶し,而も一方この戦に敗れざらんがために,愈々科学の急激な進展が要望せられる秋に当り,この問題(文献の整備)の解決は焦眉の急といはなければならない” とあり、戦時中に書かれたことが明白とはいえ、序文全体に敗戦濃厚の気分が漂っている。

全元素をカバーし、それぞれの元素に関する文献を網羅的に掲げ、研究に役立てようとする壮大な計画であったが頓挫して、10巻ほどしか刊行できないで使命を終えた。

  

 

『瓦斯分析法』

当時化学の現場で重要視されはじめたガス分析の

著者が戦時中に時代に翻弄されながらも執筆し続けた。

昭和21年(1946)3月発行 638ページ

松井明夫 著

刊行は戦後だが昭和18年10月に出版の承認を受けていた。しかし、「序」に“の勤務した理化学研究於る仕事は或いは稀元素の或いは光学硝子の工場勤務であり相当多忙であったが稿を更に続け,又引続く空襲に工場も研究所も自宅も爆焼したが…(中略)…最後に全部の原稿と校正刷の前半焼いてしまい途方にくれた…(中略)…幸いに印刷所が版組を疎開してゐて呉たので全部助かったと記されていて、当時の状況と出版が2年半も遅れた理由がリアルに分かる。

戦後直後は多くの印刷所が被災して、直ちに組版を行うことができなかったので、疎開などで助かった組版や紙型を用いて印刷出版するほかはなかった。

「序」の一部をかいつまんで紹介すると“欧州での第二次大戦勃発当時ベルリンに滞在していたが,戦乱の中をノルウェーに逃れさらに合衆国に待機し太平洋戦争開戦前帰国。その後台湾総督府天然瓦斯研究所に勤務の後,樺太中央試験所へ異動の予定であったが不幸かキャンセルとなり理化学研究所に勤務とあり、時代に翻弄された当時の研究者の姿が彷彿とされる。 

 

 

『輸入税表』

和英両文併記の税表および関連法規集。

昭和22年(1947)9月発行 324ページ

大蔵省 編

当時毎年変更された輸入品目すべての関税率を記載。輸入業者の必携書で、昭和33年まで小社から刊行されたが、その後は大蔵省外郭団体の関税協会に発行元が移った。

価格は180円で昭和22年当時の銀行の初任給が220円であった(第一勧銀調べ)ので、個人買いは想定していなかったと思われる。

本書目次に「贅沢品等ノ輸入税ニ関スル法律」(大正13年成立、昭和26年廃止)が載っている。この法律の別表には100以上の品目が掲載されており当時の贅沢品が窺える資料ともいえる。別表の中に絵葉書,カレンダー、クリスマスカードがあるが洋書はなく、洋書が贅沢品とされたことがないことが分かる。

 

 

『血液学基礎』

上巻 血球の発生と機能 

顕微鏡写真、血球写真、イラストが多用された、血液学の専門書

昭和23年(1948)10月発行 868ページ

天野重安 著

戦後直後、新刊は昭和20年1点、21年8点、22年17点、23年18点と点数は徐々に増えていったが、この間の新刊は戦前・戦中に出版する計画であったものが多く、本書も戦争末期の刊行予定であった。『丸善百年史』には「著者は文字通り寝食を忘れて研究し慎重を期したため、入稿したのは昭和21年となった。しかも,その後も何度となく研究が追記の形で挿入され、昭和23年にやっと刊行された」と記されている。

著者は本書出版後『下巻 貧血・白血病』および『日本血液学全書』(昭和37年~40年、全6巻7冊)の刊行に渾身の努力と情熱を傾注したが昭和39年に逝去し、『下巻 貧血・白血病』は未刊に終わった。本書巻末には86ページもの顕微鏡写真が掲載され、そのうち14ページは当時貴重なカラーを使用したため定価1,600円(昭和23年の銀行の初任給500円,第一勧銀調べ)ときわめて高価であったが、血液学の専門書としての評価もきわめて高かった。

 

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≪ バックナンバーと今後の予定 ≫

1月  明治時代

2月  大正から戦前・戦中

3月  戦後直後

4月  戦後復興期

5月  高度成長期Ⅰ(昭和30年代)

6月  高度成長期Ⅱ(昭和40年~オイルショック)

7月  オイルショックとその後の回復期(昭和49年~昭和60年)

8月  バブル期とその後(昭和61年~平成8年)

9月  平成8年~現在

10月「學鐙」の歴史

11月『理科年表』の歴史とトリヴィア

12月 この10年の取組み

 

 

 

丸善 創業150周年記念サイト

http://150th.maruzen.co.jp/

 

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