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【コラム】今年の猛暑から考える“環境とエピゲノム”

今年の夏も暑い日が続いています.暑さや寒さもそうですし,食事や生活習慣,化学物質,さらにはストレスなど,私たちはじつにたくさんの環境因子の中で生きています.では,私たちの体は環境にどのように応答するのでしょうか――このテーマを『環境とエピゲノム』(丸善出版,2018年)で取り上げました.生命と環境の相互作用は,健康と病気に大きな視点を与えてくれるからです.

 

環境とエピゲノム―からだは環境によって変わるのか?―

中尾光善 著 本体価格2,200円 四六判 / 並製 206ページ

 

さまざまな環境因子は,細胞の受容体で感知されて,シグナル伝達を経て,転写因子による遺伝子発現を変化させます.すぐに起こる体の応答としては,それぞれの細胞がタンパク質を合成したり,増殖・分化したりします.ところが,ある環境因子が繰り返し働くと,転写因子による遺伝子調節だけでなく,修飾されたゲノムエピゲノム)が固定化しやすくなります.このため,特定の遺伝子がいつも活性化されたり,逆に,いつも不活性化されたりするようになります.こうしたエピゲノムの記憶(おもにメチル化の修飾)が重要な役割をもつと考えられます.その結果,将来に再来するであろう環境因子を予測した応答が可能になるわけです.

 

 ここに,環境との相互作用という生物の普遍的問題が存在します.すなわち,生物種の保存と進化は「ゲノムの記憶」,個体発生と環境応答は「エピゲノムの記憶」と考えることができます.

 

 エピゲノムの記憶は,その後に同じ環境因子が作用すると,すみやかに適合して有利になります.ところが,環境因子の質・量が変化すると,予測は外れて,逆に不適合にもなります.たとえば,発生期に体が低栄養状態を記憶すると,飢餓には強くても,栄養過剰や高脂肪食には不適合になるため,その人は将来,肥満や糖尿病にかかりやすくなると考えられています.

 

『環境とエピゲノム』の第3章「温度 ― 暑さ・寒さに備える」では,温度に対する私たちの体のしくみ,体温調節と熱中症などについて説明しています.体の細胞は高温に慣れたり,記憶したりするのでしょうか.私たちを取り巻く日常の環境について再発見してみましょう.いま本当に大切なのは,「環境」の意味を理解することだろうと思います.

〔熊本大学 中尾光善〕

 

 

*用語のかんたんな説明

シグナル伝達:細胞内で情報を次々に伝えるしくみ

転写因子:遺伝子のスイッチをON/OFFするもの

増殖・分化:細胞が増えたり,特定の機能をもつ細胞になったりすること

ゲノム:生物の設計図となる全情報.ヒトの場合は30億個の文字情報

修飾されたゲノム:化学的な印づけがなされたゲノム

メチル化:メチル基(-CH3)がDNAにくっつくこと

発生期:受精卵から生まれてくるまでの過程

 

 

 

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